妻の障害状態の悪化(2) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 27, 2026 妻が一人での外出は無理となり、家でも転倒すれば、一人で立ち上がることもできないため、できる家事は限定されてしまった。 買い物や食事の準備は、私が行なうことになったため、長時間の外出の仕事は断ることとなり、家での仕事が中心となった 。 生活が変わってしまった以降、新しい仕事と生活のバランスを考える上での、ウェルビーイングを模索する日々が続くことになる。 続きを読む
妻の障害状態の悪化(1) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 23, 2026 幸いに、私が家で仕事をしていたために、倒れた後にすぐ救急車を呼び、手術を受けた病院に搬送されて、すぐに処置がされて、緊急入院になったため、命には問題はなかった。 10日ほど入院した後、退院と同時に倒れた時に折れた顎の骨の診察のために、紹介で口腔外科のある病院に向かった。 検査の結果、正面に倒れた場合によくある骨折らしく、周りの筋肉が支える状態で固定されているため、入院しての手術や処置は必要ないとのことで、1カ月後確認のために歯列に異常がないか確認後、異常なしで痛みはなく、そのまま生活できることとなった。 ただ、脳梗塞を起こしたことで、手術後リハビリで回復していた左下肢は倒れる前のように動くことはできずに、家では足を引きずりながら歩き、外は杖を頼りにあるくこととなってしまった。 杖も左上下肢麻痺であるため、右腕で杖をついて左脚を支えるため、バランスが取れずに転倒が心配なため、一人での外出は今のところできない状態が続いている。 続きを読む
妻の障害との向き合い(3) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 23, 2026 妻の障害は、左上肢の麻痺のみを残して、左下肢ほとんど障害が残らない状態で進み、半年に一回程度の病院での経過観察も大きな異常はなく、近くの買い物や通院や散歩はこなせることができ、こちらとしても安心して仕事ができていた。 ところが、転機になったのが2024年(令和6年)のゴールデンウイークが明けた日のことだった。 妻がちょうどお昼頃に家で倒れ、倒れたところには血まみれに見えるような状態であった。 たまたま、私は家で仕事をしていたため、救急車を呼び、手術を受けた病院に搬送することができたが、原因は開頭手術の影響でおこりうる「てんかん症状」とそれによる脳梗塞であった。 突然のことで、整理がつかないまま入院となったが、てんかん症状を抑える抗てんかん剤を少なくしていったところで、血中濃度も減っていたことと疲労が重なったのだと思う。 続きを読む
妻の障害との向き合い(2) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 23, 2026 仕事が落ち着くと同時に、息子たちも成長し、二男は大学入学して初めは家からの通学であったが、アルバイト先の地理的な問題もあって、友達とのシェアハウスで家を借りての生活中心。 長男は就職して、家から巣立つことになった。 子供たちの進学に関しては、私ひとりで学校での面談や金銭的な面等は行なうこととなったが、完璧とは言えないにしても、何とか進めていくことができた。 二男が大学を卒業し、就職することになり、二人の息子が家から巣立つこととなった。 それと同時に、借りていた事務所から家を事務所と兼用にすることで、妻との時間を確保することもできるようになり、事務所の維持費も節約することができ、息子たちの教育ローンについても返済が可能になってきていた。 つづく・・・ 続きを読む
妻の障害との向き合い(1) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 20, 2026 妻がリハビリテーション病院の 回復期リハビリテーション病棟を退院して、障害年金の支給申請を行ない、2級障害基礎年金の受給が決定した。 また、理学療法士・作業療法士のおかげで、退院後は左上肢の麻痺のみを残して、左下肢はほとんど障害が残らずに自宅に戻ることができた。 息子たちの頑張りもあり、長男が大学入学(第3希望くらい)、二男も高校入学(長男と同じ高校)に入学が決まり、学費は大変であるが、平穏に近い生活が戻った感じであった。 私の仕事も、労働局と年金事務所を基盤として、顧問先もゆっくりではあるが増えていき、前述の業務拡大も徐々に行なうことができていた。 妻とは、できる限りいろいろなところに出かけるようにし、家事についても、少しの手伝いをすることでこなすことができ、仕事と家事と日常生活を送ることができた。 つづく・・・ 続きを読む
妻の病気(7) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 20, 2026 主治医は回診に来てもらったことも聞いていたが、一般的にリハビリを行なう場合は、主治医がリハビリ計画書を作成し、患者がサインをして、理学療法士や作業療法士によるリハビリが実施されることになっている。 何度か作業療法士に主治医のことを話したことがあるが、理学療法士もその主治医には疑念があったようで、「外来で初診で診てもらった神経内科の先生が主治医にならなかったのか」という言葉があった。 患者が主治医を選択することはできないという会話で終わることになるのだが・・・ 妻の退院前に診断書の障害部位の左右の誤り、リハビリ計画書の作成が本当になかったのかを医事担当の責任者に問い合わせてみたところ、返答は退院後になったが、院長から説明があるからとのことで、院内の会議室に私が出向くことになった。 結果、やはり調査の結果、リハビリ計画書は作成されていなかったとのことで、病院長から謝罪があり、診療報酬の返還も考えるとの話しであったが、こちらとしては、確認してほしいことが目的であったことから、病院長の謝罪をもって終了することとなった。 つづく・・・ 続きを読む
妻の病気(6) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 20, 2026 妻のリハビリテーション病院の 回復期リハビリテーション病棟に入院中には、前述の通り、理学療法士・作業療法士の担当者は優秀であり、セラピストとして心理的支えにもなっていたようであった。 ただ、問題点がなかったわけではなかった。 長い入院生活の中で、同じ主治医であったが、最初は不愛想ではあったが、問題視することはなかった。 まず驚いたのは、身体障害者手帳交付申請書を提出する際に、主治医は指定医(身体 体障害者福祉法第15条指定医)であったため、 身体障害者手帳の申請に必要な「身体障害者診断書・意見書」を作成してもらったのだが、妻は「脳腫瘍術後の左上肢の麻痺」を主とする障害だったのだが、診断書には、なんと「右上肢の麻痺で、利き手である右手を変換し・・・」と記載されていた。要は障害部位の左右を間違えて記載されていたのだ。 回診はほとんどなく、リハビリの様子も見ていると聞いていたらしいが、利き手の変換を行なった経緯もなく、診断書を見て、すぐに問合せしたところ、慌てて訂正印を押して書類が返ってきた。 その時から、主治医に対する不信感はなくなることはなかった。 つづく・・・ 続きを読む
妻の病気(5) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 16, 2026 リハビリテーション病院の 回復期リハビリテーション病棟に最長の6カ月入院ができることになったが、回復は作業療法士・理学療法士の丁寧なリハビリ指導により、かなり早かった。 左上下肢麻痺で、車椅子で入院することになったが、約1か月で車椅子から離れることができ、歩行については自力で階段の昇り降りができるようになった。 ただ、入院先の病院は遠隔地ではないが、脳神経外科のように徒歩圏で行ける距離ではなく、車で家から30分、事務所から20分の距離にあり、6カ月を想定した入院であるため、入院の消耗備品・着替えの持ち運びや手続きに通うのは、うまく移動のタイミングを考えないと大変だった。 妻のいない男だけ3人の生活は慣れるまでは大変だったが、洗濯と炊飯の準備までは長男がやってくれ、朝は3つのお弁当を作るところから、夜は遅くならない日は、できるだけバランスを考えて早くできる献立を考えるようにして、遅くなる日にはお弁当を買って帰る日々が続いた。 つづく・・・ 続きを読む
妻の病気(4) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 16, 2026 検体の病理検査が済み、今後の治療方針についての説明日時の連絡があり、当日はとりあえず子供二人のお弁当を作り、労働局(当時は監督署勤務)の労働相談に出かけ、朝1時間だけ勤務して、後の時間を時間単位の年次有給休暇を取得することとした。家で待つことが、時間を持て余しそうだったからだ。 そして、病理検査の結果が検査会社の報告書原文のまま画像に写し出されて、主治医からの説明があった。 検体に関しては、全く悪性要素はなかったのが結果報告で、胸をなでおろす結果となったが、主治医の言葉は、悪性の可能性が大半であったため、「期待を裏切られる結果でした」脳外科医らしい言葉かも知れないが、失礼な言い回しだなと、かすかに覚えているが、何よりも良性腫瘍であったことで、腹が立つこともなかった。 これで、とりあえずは今後の化学療法や放射線療法の予定はなくなったが、主治医としては過去に良性と病理検査が出ても、その後悪性に変異した例もあり、最初は月に1回の経過観察を行なうことを告げられ、 地域医療連携室での回復期リハビリテーションの入院先を案内してもらうこととなり、地域で有名はリハビリテーション病院の回復リハビリテーション病棟に転院できることが決った。 つづく・・・ 続きを読む
妻の病気(3) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 16, 2026 実は私の実父も私が小学校3年生の時に、腫瘍ができた個所は違うが脳腫瘍だった。 当時は画像診断が発達していないため、レントゲン画像を頼りに数回の手術を行ない、良性腫瘍であったことから、命には支障はなかったが、小脳のできた腫瘍であったため、片方の目と耳は全廃で、複数回の手術の影響で顔が変形し、平衡感覚にも不具合があった。 身体障害者が世帯主の家庭に育つこととなった。 血のつながりのない、妻が脳腫瘍になるとは・・・思ってもみなかった。 翌日まで、妻は強烈な吐き気が続いたが、その後は徐々に体調は落ち付いていった。問題は腫瘍が良性か悪性か、それによって今後の治療方針が大きく変わってくる。 検体の病理検査を待つしかなかった。 つづく・・・ 続きを読む
妻の病気(2) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 16, 2026 自宅近くの脳神経外科病院で、MRI検査を行ない、担当医から右頭頂部に腫瘍があるとの説明があり、4月中旬であったが、ゴールデンウイーク前にできれば手術をした方が良いとの判断。 その時、2人の息子は高校3年生と中学3年生になったばかりの春だった。 手術日が決定し、当日までの準備は徒歩圏の病院だったことから、比較的楽に済んだが、まもなく15年前のことなので、慌ただしく過ぎていき、詳細は覚えていない。 手術は無事済んだが、術後の主治医の説明は、ほぼ悪性腫瘍で平均5年生存率は7%と言われているとのこと。 私と二人の息子は、肩を落として歩いて自宅に戻った。 これから、受験生2人の息子と独立開業1年の私との生活が始まることとなる つづく・・・ 続きを読む
妻の病気(1) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 15, 2026 今まで、比較的順調に独立開業が進んでいるように思われるかも知れない。 たしかに、開業が2010年(平成22年)4月で、労働局の総合労働相談員と年金事務所での年金相談を基本部分として、1件1件ゆっくりと顧問先ができていった。 妻は家の近くの企業にパートで勤めていたが、独立開業1年も経たない2011年の年初当たりから、妻の左腕の動きが悪くなり、当初は筋肉疲労や肩こりからかと思い鍼灸接骨院に継続して通っていたが、改善は全くなかった。 その年の3月には、東日本大震災が発生し、東北地方は大津波等で衝撃的な被害を被った頃だった。 改善しない妻の左腕は、放っておけない状態と思い、まず自宅近くの整形外科を受診、画像や動作の検査診断を受けたが、骨や筋肉の影響ではないことを二人の医師から丁寧に診てもらい、県立のリハビリテーション病院の神経内科を紹介された。 神経内科の医師にも非常に丁寧に検査や診断をしてもらい、最後に頭部CTだけ撮った時に、はっきりと影が写ったとのことで、その日のうちに脳神経外科の受診を勧められ、紹介状、診療情報提供書とCT画像のデータを持って、幸い自宅近くにある脳神経外科病院に緊急受診となった。 つづく・・・ 続きを読む
「多様な正社員」制度の導入支援 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 14, 2026 続いても、コンサル系企業が厚生労働者等から入札で受注した事業の中で「 「多様な正社員」 制度に係る導入支援事業 」に導入支援員として参画することになった。 この支援前の研修は、オンライン研修を丸一日受講する必要があり、演習や提出書類も多く大変だったが、コンサルティングステップに沿った支援スケジュールはよく考えられたものであるが、伴走支援は大変です。 多様な正社員は、 職務・勤務地・労働時間を限定する等で、 労働者一人ひとりのワーク・ライフ・バランスを確保する非正規労働者ではない正社員制度を構築し、 企業にとっても優秀な人材の確保や定着を同時に可能とするような、多元的な働き方を進めていくものであり、今後ますます要求されていくものである。 必要性を具体化していくには、企業として考えることが多いだけに、コンサルティングはやりがいのあるものとなる。 続きを読む
女性活躍推進に係る業務 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 13, 2026 コンサル系企業が厚生労働者等から入札で受注した事業の中で、最初は難しいと思っていた「 民間企業における女性活躍促進事業 」に参画することになった。 今後重要な課題として、「えるぼし認定取得」に関して、認定基準については納得しがたい部分はあったが、取得したいという企業の多さには、思ったよりも女性の活躍が必要であると考える事業所が根付いていることに気が付かされた。 以前から、 次世代育成支援対策推進法 における「くるみん認定取得」は取組みについては、取組支援を行なっていたが、いずれの「 一般事業主行動計画」の策定は必要であることが理解できることができた。 続きを読む
コロナ禍中の業務 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 13, 2026 2020年(令和2年)2月3日に、産業保健総合支援センターの両立支援促進員として、神戸市主催で「 企業でできるがん対策 治療と仕事の両立支援セミナー 」で「 がん患者の治療と 仕事の両立支援 ~ 制度と支援内容 ~」のタイトルで 講演をする機会があった。 そのセミナーの冒頭、神戸市保健所所長の挨拶があったが、新型コロナウィルス感染症の拡大懸念があるため、業務に戻られた記憶がある。 その後、4月に第1派として、 初の 緊急事態宣言 が発出(7都府県、のちに全国)され、経済活動の制限が始まった。 「働き方改革関連法」がスタートしたばかりの時期に、業務の中心は「雇用調整助成金」の申請の支援が中心になっていった。 「雇用調整助成金」の申請要件の特例の状態を見ながら、休業せざるを得ない業種の顧問先の申請代行、産業保健総合支援センター、働き方改革支援センター、その他の委託業務が続くこととなり、社会保険労務士としての業務は減ることはなかった。 続きを読む
業務拡張時期(3) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 12, 2026 コンサル系企業が厚生労働者等から入札で受注した事業の3番目として、長期にわたる大きな事業として「働き方改革推進支援センター事業」に参画することになった。 2018年(平成30年)4月より、働き方改革関連法案施行前に「働き方改革推進支援センター」が開設され、事業者からの相談対応、訪問による働き方改革の取組支援、働き方改革関連法案関連のセミナーの実施等を実施することとなり、現在まで続いている。 「 働き方改革 実行計画 」 は、 平 成 2 9 年 3 月 2 8 日に働 き 方 改 革 実 現 会 議 にて決 定され、12の項目とロードマップが掲げられた。 実際、アドバイスする対象は中小企業が中心となっているため、事業所によっての取組みについての温度差はかなりあり、、「働き方改革関連法」の法改正に対応できないところもあるかと思えば、生産性向上のための基本的なスタンスを考慮しながら、法改正に対応している事業所もあることを実感した。 続きを読む
業務拡張時期(2) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 12, 2026 コンサル系企業が厚生労働者等から入札で受注した事業の2番目として、「介護事業の人事課題解決」に取り組むことになった。 介護事業において、一番の課題は人材確保となるが、そもそも応募がない、採用しても、なかなか長続きしない等、各事業所によっての問題点は異なるようで、まずは基本データに基づいてのヒアリング調査により、解決すべき要素の優先順位を検討していく。 介護事業も機能・開設時期・所在地域により、同じ課題でも解決すべき要素が異なることが多いため、施設の特徴やすでに講じている対策が効果が出ているかを検証していく必要があり、今後の取組みに関してのアドバイスはことなってくる。 必要に応じて、就業環境の調査が必要になる場合もあり、パワハラ対策やメンタルヘルス対策に結びつけていく必要があるケースは多いことがわかる。 支障がない限り、施設内部を見て回ることが必要とされ、意外なところから経営者が気が付いていない問題が表出してくることもある。 現在のように、人件費の底上げ施策が行なわれる前であるため、賃金制度を見直すだけでも効果がある場合も見られた。 問題は、短期間のアドバイスだけに、訪問企業の現在のホームページを閲覧しては、ほっとすることも多い。 つづく・・・ 続きを読む
業務拡張時期(1) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 11, 2026 顧問先獲得の他に力を入れていったのが、コンサル系企業が厚生労働者等から入札で受注した事業の協力依頼だった。 最初は、「同一労働同一賃金」の基盤になった、 「要素別点数法」を用いた 「 職務分析・職務評価」コンサルティング事業だった。 終日2日間の研修を受講した後に、実際に依頼のあった 企業に訪問して、コンサルティングを行なうことになるが、日本は「職能資格制度による職能給・職能等級」で賃金を決める方法で賃金表を作ることが多かったが、「職務分析」を行なって、職務ごとに「要素別点数法」を用いて、「職務評価」を行ない、職務給の基本をつかんでもらう手法であったが、馴染みのないこともあり、割と苦労することは多かった。 しかし、職能資格制度の中心となる人事評価が形骸化していることから、同じ職務(同一労働)については、基本同一賃金で、そこに「要素別点数法」を用いる職務評価を行なうことによって、等級を決めて「 均等・均衡待遇」を明確化していくことは、基本給の「同一労働同一賃金」を考える上での基盤になることは確かであり、業務としては新鮮さを感じたことが多かった。 つづく・・・ 続きを読む
独立開業に至った経緯(4) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 10, 2026 結局、労働局の総合労働相談員としての勤務は、6年間となり、少し長く続けすぎたかなとという感覚だった。 総合労働相談員の業務の最後の年には、「ストレスチェック制度」が導入されることもあり、兵庫産業保健総合支援センターのメンタルヘルス対策促進員としての委嘱依頼が日本 産業カウンセラー協会関西支部よりあり、引き受けることとなり、産業保健に関する知識、特にメンタルヘルス対策の講師の業務を経験できることとなった。 今でも、メンタルヘルス対策・両立支援促進員としての職名で委嘱は続いており、両立支援(治療と仕事の両立支援)の業務についても行っている。 顧問先についても、「企業が行なうべきマイナンバー制度の対応」のテーマで、税理士法人とのコラボ開催することとなり、その時の縁で関与することとなった企業や直接紹介された企業とのお付き合いがあり、早い方ではないと思うが、一応忙しいと感じるだけの業務量を確保することができている。 続きを読む
独立開業に至った経緯(3) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 09, 2026 通勤災害の交通事故で、7カ月休業することになり、職場復帰することになったが、当時管理職だったため、取引銀行からの出向者が私の後任として着任していたことと、戻った時がリーマンショックの影響があった時期だったため、職場は非常に居心地が悪い状態となってしまい、悩んだ結果退職することとなり、最初は転職を考えていた。 リーマンショック後の転職は甘くはなく、結局は事故が背中を押してくれたと気持ちを整理して、独立開業の準備に入ることとなった。 当時、社会保険庁が解体され、日本年金機構と 全国健康保険協会が誕生したこともあり、社会保険労務士は、「消えた年金問題」や職員が少なくなった補填のために委託業務が多くあったため、収入の基盤を労働局の総合労働相談員と年金事務所の勤務でまかない、その他の時間を顧客開拓に充てることとした。 当時はSNSの走り出しの時期で、異業種交流会などで知り合った方とfacebookで継続で継続してコミュニケーションを取ることができ、意外と顧客はスムーズに増えていった感じだった。 特に開業年数の浅い税理士の方からの紹介は非常にありがたく、 社会保険労務士、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、産業カウンセラーのトリプル資格の相乗効果も徐々に表れてきた感じになってきた。 つづく・・・ 続きを読む
独立開業に至った経緯(2) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 08, 2026 自分で示談交渉を進めることとなったが、まず自賠責基準での障害認定の申請を行ない、鎖骨骨折の肩の障害14級、脛骨高原骨折の膝の障害14級で認定の回答があった。 膝の障害については、異議申し立てを行なった結果12級が認められて、後遺障害の逸失利益の交渉が始まった。 その時は、相手方の損保会社の担当は弁護士に替わっていたため、証拠書類の提出で何とか満足とは言えないまでも、納得いく回答があったため、示談をすることになった。 通勤災害での休業は、リハビリが長引き7カ月程度になったが、その間無駄なことばかりではなかった。 社会保険労務士のダブルライセンスとして考えていた、1級ファイナンシャル・プランニング技能士の学科試験は、事故前に合格していたため、「きんざい」での面接試験は落とせないと思い、休業の間の必死の勉強で、何とか面接試験に合格することができた。 その後、産業カウンセラーの資格試験受験資格が実務経験利用の最終年だったため、勉強を始め、4回の実務研修を受けて、学科試験・実務(面接)試験に合格することができた。 つづく・・・ 続きを読む
独立開業に至った経緯(1) リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 07, 2026 正直、社会保険労務士の資格は取得していたが、会社員時代は独立開業を考えなかった。 人脈から考えても、食べていけるだけの収入を得るだけの顧客獲得をする自信がなかったことが一番の要因だが、思わぬことが起こったことで、生活を見直す必要が出てきた。 2017年11月の会社から帰宅時に、車に跳ねられる交通事故(通勤災害・第三者行為災害)に遭った。 気が付けば、自宅近くの脳神経外科病院のベッドにいたのだが・・・ 脳震盪で記憶は飛んでいたが、意識はあったようで、運ばれている間も会話もしていたらしい。 幸い画像検査の結果、頭部は外傷出血だけで、大事には至らなかったが、左足の膝関節部分は脛骨高原骨折があり、翌日には整形外科のある地元の中核病院へ転院して、手術後に装具を付けて体重がかからないようにして、リハビリを継続して約半年休業することとなった。 自己過失0%の第三者行為災害の特徴とも言えるのかも知れないが、療養費は労災先行で対処され、全く困らなかったが、後遺症の逸失利益と慰謝料は自分で相手自動車保険の保険会社との交渉になるが、これが大変。 裁判をすれば決着は付くのだが、当時中学2年と小学5年の息子二人がいたため、時間がかかることは避けたかったことで、自分で示談交渉を進めることとなった。 つづく・・・ 続きを読む
ワーク・ライフ・ウェルビーイングの思い リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 06, 2026 2026年になりました。 世界全体が動いています。 その中で、日本はどのように対応していくでしょうか? 今後、超少子高齢社会の中で、いろいろな意味での格差が広がっていくと予想されます。 今、私たちの身近でできること・・・ 仕事、生活全般において、人それぞれの最善の状態を目指すことが重要です。 できることから、始めていきたいと思います。 続きを読む